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北嶋研究部員の「教師が育つということ」2 —春の研究集会2026報告

春の研究集会2026の第2部では、「先生のオープン相談室」と題し、相談者の質問に対して回答者の先生方が自身の経験や実践を手がかりに応答していく企画が行われました。

 この企画は、日生連が編集・発行している『生活教育』で連載中の「先生の相談室」から着想を得たものです。普段は誌面上で行われている相談を、だれもが見られる“オープン”な形で、しかもリアルタイムに展開するという試みでした。

 相談者は白根悠子さん(神奈川サークル)。回答者は、中村晴佳さん(東京サークル)、中村潤さん(埼玉協)、神田篤志さん(愛知サークル)の3名でした。司会は私が務めました。

 

●教師の立ち位置を子どもの側に変えてみる

 白根さんの最初の質問は、「みなさんはどんなとき叱りますか」でした。

どんな教師にも、子どもを叱る場面はあるはずです。だからこそ「どう叱るのか」「なぜ叱るのか」は、本来もっと考えられてよいテーマのはずです。振り返ると、私自身も叱った経験はあるものの、叱る場面を研究会で語ったことも、実践記録で綴ったこともありませんでした。

この質問を白根さんから初めて聞いたとき、「日常に確かにあるのに、つい見過ごしてしまいがちなこと」を、言語化してもらえたような感覚がありました。

 最初に応答した中村晴佳さんは、「子どもがいちばん怖いのは、先生が何を考えているか分からないこと」と語りました。この指摘は、「叱る」ということが“対処”の問題なのではなく、あくまで“関係”の問題であることを端的に示しています。

続く中村潤さんからの「子どもを追い込み過ぎないこと、逃げ道をつくること」や、神田さんからの「その子なりの理由がある」という発言も、教師の立ち位置を子どもの側に変えたときに見えてくる世界を大切にする姿勢が表れていました。

教師である〈わたし〉は、子どもたちのことを「理解しよう」と努力しているでしょう。けれども、子どもの側は、教師である〈わたし〉をどれくらい「理解」しているのでしょうか。中村潤さんや中村晴佳さんが、学級開きの段階から「どんなときに叱るか」を子どもたちに伝えていることも、そのヒントになり得そうです。

 

●傷つけられるかもしれない不安

 今回、白根さんの質問の背景には、「授業中に関係ないことをしている子どもをどう指導するか」という、ご自身の悩みがあったそうです。回答者3名が想像していた「叱る」場面とは少しずれがありました。

ただ、神田さんが「とりあえず『どうしたの』と聞いてみる」と語ったように、教師と子どもとの間でつくられる関係を大事にする姿勢は重なっていると言ってよいでしょう。また、教師と子どもの間にとどまらず、学級集団全体の関係にも視座を広げる必要があることも、回答者の皆さんに共通した考えでした。

 では、なぜ、私たち教師は子どもを叱るのでしょうか。

私なりに整理するなら「子どもたちも、教師である〈わたし〉も、この教室にともに居る仲間として、よい関係をつくりたい」からではないでしょうか。このままではともに居られない、傷つけられるかもしれないという不安があるかぎりは、よい関係をつくることはできません。それは、子どもであっても教師であっても同じです。

 ただし、ここで、教師も子どもも同じ「仲間」として、単に「一括り」にしてしまうことは、教師の子どもに対する「強さ」を隠してしまう危険も孕んでいます。これ以外の視点も含めて、「叱る」という行為には、まだ検討すべきことが多く残されていると感じています。


●子どもの感覚を忘れないということ

 2つめの質問は「授業でどんなことを大切にされていますか」でした。

私が印象に残った言葉をひとつずつ挙げると、

・「子どもから出た意見は否定しない。子どもの反応をよく見るようにしている」(神田さん)

・「子どもがどこでつまずくのかをいつも考えている。そこに、子どもなりの論理がある」(中村潤さん)

・「教科のねらいだけでなく、子どもが何を学びたいか、そして、学級全員をどう巻き込み、盛り上がっていけるかを考えている」(中村晴佳さん)

いま改めて振り返ると、教師の思いや願いに対して、子どもの学びたいことには必ず「ずれ」があります。この「ずれ」を前提に、子どもの側からどう学びをつくれるのかを考えている教師の在り方が共通していることが分かります。これは、先ほどの「叱る」の議論で触れた「教師の立ち位置」の問題とも重なっています。

だとするなら『教師の立ち位置を子どもの側に変えてみる』とは、教師自身が子どもの感覚を忘れず、かつての自分にも確かにあった「やってみたい」「おもしろそう」という感覚に立ち返ることなのではないでしょうか。

子どもとの年齢差は毎年確実に広がります。若手から中堅へ、中堅からベテランへと移る「老い」の過程と教師の在り方の関係も、今後の研究課題のひとつになるでしょう。

 

第2部「先生のオープン相談室」からは、教師の立ち位置を子どもの側に変えてみること、子どものときの自分自身の「やってみたい」という感覚を忘れないことが、重要な視点として浮かび上がってきました。(続く)

 

※写真は、回答者の皆さんの語りに引き込まれている筆者(左)のようすです。

 
 
 

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