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平和を学ぶ・教師として育つ(2026教育の集い12分科 会生活・総合・探求分科会報告から)

5 日前
読了時間: 6分

更新日:4 日前

1 西多摩沖縄平和学習ツアーとは

都教組西多摩支部青梅地区協と西教研が主催して 1996年来、毎年夏、教職員、地域の方の参加で行ってきて今年で27回日となった。

始まりは、1995年、少女泰行事件に沖縄で県民集会が開かれ、8万人もが怒りの声を上げていた翌年、青梅地区協が映画「GAMA月桃の花」(主題歌・海勢頭豊)の上映会を行い、それに大変感動した仲間が「実際の沖縄に行ってみてみよう」ということであった。

1回目は仲間のってで大人家族、子どもも含めて30名ほどの手づくりツアーであった。

現在は企画・青梅地区協と西教研、富士国際旅行社運営でバスによる2泊3日のツアーとなっている。全体のガイドは、近年は現地の元教員関係の方をお願いし、その地で平和運動している方々から直接お話を聞いて学ぶようにしている。


<今まで巡った主な訪問地>

◯中部・北部の戦跡と基地見学

・嘉数高台(展望台から普天間基地を遠望、京都の塔、トーチカ、軍の壕入口、弾痕跡、

佐喜真美術館(丸木位里、俊による沖縄戦の図、強制集団死)

・辺野古(キャンプシュワブ入口、大浦湾の浜辺、瀬高浜(浦島悦子さん))

・読谷村(村役場・9条の碑、チビチリガマ、シムクガマ)

・浦添(那覇軍港移設予定の浜辺で、(里道さんの案内

・ 伊江島(島内巡り、「命どう宝」の家〜謝花悦子さん、団結小屋、ミニ沖縄戦と言われる)

◯渡嘉敷島、座間味島(強制集団死の地、碑

◯南部戦跡見学

・南風原文化センター、壕体験

・南城市・アブチラガマ壕体験、松山公園の白、梅の塔、八重、瀬岳・野戦病院壕

・糸満市・摩文仁の丘、県立平和祈念資料館、平和の礎、韓国人慰霊塔、魂魄の塔、ひめゆりの塔と資料館、でいごの塔、糸洲壕(井出佳代子さん)

・那覇首里城、対馬丸祈念館、不屈館


2 東京都武蔵村山市特別支援学級の教員のレポートから

ある1人の参加者は青梅で教員となり、沖縄平和学習ツアーに参加していて現在は武蔵村山市に異動となった。以下、その参加者について詳しく紹介したい。


◆沖縄平和学習ツアー参加、取り組みのきっかけ

「2012年教員5年目に初めて高学年の社会科(歴史)を担当した時でした。教科書における沖縄戦の記述がわずか2、3行であることに疑問を抱き、「教科書や資料集では分からない沖縄を知りたい」と考えたことが始まり」という背景から彼はツアーに参加した。

初めてのツアーで彼は、「ひめゆり平和祈念資料館の語り部や現地ガイドの「生の声」に触れ、五感に訴える体験の重要性を痛感した」と振り返り、「この学びを自分一人で終わらせず、クラスの子どもたちに「自分の言葉」で伝えたいという思いが芽生え、沖縄平和学習ツアーでの学びを生かした授業作りに取り組みたい」と語った。



◆沖縄平和学習ツアーでの学びを生かした授業作り

その後の授業作りに関して、彼は以下のようにまとめている。

「当初は、平和の尊さ・大切さを伝えるため「戦争の残酷さや悲惨さ」を伝えることに主眼を置いていたが、授業作りを繰り返し取り組む中で、子どもたちが自分事として考え、取り組めることが大切と思うようになり、子どもたちの「日常生活や現在の関心事」に関連付けた学習作りにと発展している」。

そこで意識していることは、以下であった。


◆「日常生活や現在の関心事」から沖縄戦や基地問題を自分事として捉える授業づくり

  1. 運動会の表現種日に沖縄の民舞「エイサー」を取り上げ、音楽会の合奏曲に沖縄出身のグループの「風になりたい」を取り上げ、その練習にあたり、沖縄の戦争の歴史を学び、沖縄の「ゆいまーる(助け合い)」の精神も知らせ、子どもたちが自分事として平和学習に取り組めるようにする

  2. 沖縄の戦跡・アブチラガマや南風原文化センターの展示などの写真を使ったスライド、沖縄戦での実話を絵本にした「つるちゃん」」などの読み聞かせといった視覚・聴覚に訴える資料を提示する。そのことで、子どもたちがリアルに捉え「なぜ?」「自分だったらどうする?」という問いが自然に生じる環境づくりを重視するようにする。

  3. 校内研テーマ(地域学習)と絡んで地域にあった学習に繋げる。東京陸軍少年飛行兵学校や村山陸軍病院などの軍事施設について展示してある、学校から歩いて30分の「歴史民俗資料館分館」に出かけ、学芸員さんのお話から戦争は、遠い過去の出来事ではなく、自分たちの住む武蔵村山市の身近な地域の歴史のできごととして学べるようにする。


◆論理的な面だけでなく、本物体験による感性の揺さぶり

授業を作る中で、彼が感じたのは、語り部の映像に耳を傾けたり、沖縄出身の職員の話を直接聞いたりなどして、本物に触れて心が動く体験の重要性だった。その中でも、平和学習を取り入れた運動会でのエイサー本番では、見ている保護者にも大きな感動を与えるほどの表現力であった。

その経験の根本には「ツアーに同行した娘が巨大な「沖縄戦の図」を前に言葉を失い、生存者の生の声にじっと年を傾ける姿を見て、理用による理解よりも先に「心が動くこと」こそが、学びの本当の始まりなのだと教えられたことにあった」という。

「平和学習を取り組み始めたころは、「正しい知識を伝えなければならない」、「学習者が、戦争の歴史について、平和の大切さについて考えなければならない」といった、『〇〇ねばならない』という意識を強くもっていた」というが、娘の姿を見て、「たとえ完全に意味を理解できなくても、本物に触れて心が動くような体験をすること」自体に価値があるという確言をもった」という。

この気付きによって、彼の授業づくりは、「単に知識を伝達することから、子どもたちの感性を言じて平和を考えるきっかけという「種」をまき、その成長を長く見守る「伴走者」としての役割へと変化した」と振り返っている。

そして、彼は最後に、「伝える機会を作らなければ、子どもたちは知らないまま過ぎてしまう。平和学習の取り組みによって、平和について興味を持ち行動に移す児童が出てくるように、これからも平和の種をまき、水を与えけていきたい」とレポートを締め括った。


3 終わりに

彼の「平和の種まき」は、西教研「テーマ研・平和教育」の資料集のタイトルにも生かされている。今、平和教育は重要な局面を迎えているが、平和教育と言う教科はなく、彼の言うように意識して取り組まなければ、いつか来た道をすすんでしまうのではないかと危惧される。

沖縄県立平和祈念資料館の結びに「・・・戦争を起こすのはたしかに人間です。しかし、それ以上に戦争を許さない努力ができるのも私たち人間ではないでしょうか・・・」とある。

沖縄平和学習ツアーで「平和を学ぶ教師として育つ」姿が見えるようではないかと感じされられる。


(中河原良子)

 
 
 

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